2014年03月31日

誰と一緒に仕事をして誰と一緒に暮らすのか

 大切な人たちが新天地を求めて旅立つこの時期に、自分は成長できてるのかできていないのか。

 4月から異動で元の部署に戻ることになった。一般の方の人事異動は地理的な要素も含めてもっと大変だろうし、同じ建物のフロア移動だけで済むような自分の場合なんて、他の人に比べれば全然平気な部類だというのは十分理解はしているつもり。

 でも同じ建物とは言え異動によって今自分が磨いてきた技術はもちろん、一緒に働いてきた仲間とも離ればなれになってしまう。この間なんか、つい後輩に弱音を漏らしとても格好悪いところを見せてしまった。

 でもね、



  誰と一緒に仕事して、誰と一緒に飯を食って、誰と一緒に時間を共有し、誰と一緒に「暮らす」のか。自分の場合、変わって欲しくなかった。現状が幸せならそれが変わってしまうことについて恐怖を感じてしまった。

 職場を離れて会えなくなってしまう人が大勢出てしまうと、正直自分の存在する基盤がとても脆弱になってしまう。その人たちに認められたい、意識してもらいたいと思うから頑張ってこれたわけで、大事な人がいなくなってしまうなら、どうやって頑張っていけばいいんだろう。

 結婚したり子供をもうけたりすればまた変わるんだろうけど、独りでいる場合、自分のためとかそういうの「実はよくわからない」もので、自分が他に必要とされているところならそれはそれで幸せだと思うんだけど、でも、どうもよくわからない。

 誰と一緒に困難を乗り越えて、誰と一緒に酒を飲み、誰と一緒に一年を振り返るのか。

 人が死ぬときは「誰からも居て欲しいと認識されなくなったとき」だと思ってる自分としては、必要とされてる間は生きている価値があるんだと思うけど、今はそれが自覚しにくい状況で、自分の存在価値をあまり見に出すことができなかったりしてて、しんどい。

 「大事な人が離れていく」って、別にそういうことではないとわかってるんだけど、なんだか自分の幸せの基準だったものが無くなってしまうような気がするのは、おそらく精神的におかしいんだと思うけど、打開策が見つからない。

 異動なんてたいしたこと無いと思ってたんだけどね。
posted by airmassu at 01:39| 京都 ☁| Comment(0) | 評論・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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