2013年04月10日

しあわせの最初は、ちょっとした違和感から始まる

 今日だったか、昨日だったか、テレビを観ていて誰かが言っていたようなニュアンスで

 「あ、幸せだなと思うときは決まって、その最初はいつもちょっとした違和感から始まってる」どうのこうの呟いていて、それがとても気持ちよかった。

 たぶん、萩本欽一が出てた番組だったと思う。ナイナイが司会していたその番組で、萩本欽一はそんな風なことを言っていた。

 これは目から鱗だった。

 自分も第一印象があまり良くないと思った人のほうが、その人と長い時間を過ごしていたりする。そして、その多くはとても幸せなのもので、今もその幸せが続いていることが多いことに気づかされた。

 人だけじゃないかも知れない、物事の多くに当てはまっているようにも感じる。





 


 深夜、ビートたけしのアートな番組をBSで観ていたらタップダンスをやっていた。セビアンのタップも凄かったんだけど、その途中、挟んで紹介された毛糸でいろんなものを編むアートの女性を紹介していた。どちらもニューヨーク。

 その女性が全身毛糸で編まれた服を着て街を歩いて・・・彼女はそれで世界が広がったという。

 毛糸を着ちゃえば人種も性別も関係ないか。そこで初めて人の本質が見えてくる。らしい。

 そう言えば、敬愛する人の目を見ないのはアジアの人に多いと国語の柳田国男に教わったけれど、本当はその人に隠された本質を見抜くためなのかもしれないな。自分も好きな人の目は滅多に見ない。もっとその人を知りたいからなんだろうか。

 逆にどうでもいいというと聞こえは悪いけど、人に攻撃的なメッセージを見せるときに目を見たりするんやけどね。

 ああ、でも、そうか。幸せの最初はいつもそれまでの自分になかった違和感からだったな。きっとそれは現状に満足しようとしている自分と、新しいものを受け入れようとしている自分との価値観のずれなのかもしれないし、自分が新しいものを受け入れようとするときのストレスなんだろうな。でもって、結果それを受け入れて自分の価値観に加えることで幸せをかんじているんかもしれないね。

 私はなかなか人を信じないし、人を好きになることがない。でも一度好きになった人なら、その価値観を大きく変えることもないのはきっと、その人から感じた「第一印象の違和感」と、「その人を観ない部分での立ち居振る舞いや、声」を重視してるからなのかもしれないし、その方針を大きく変えないのは、きっとその判別方法がかなり有効であることが実証してくれてるからだな。

posted by airmassu at 00:31| 京都 ☀| Comment(0) | 経験則 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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