2005年01月30日

運は人に平等ではない←動いた量に比例するんじゃないかな

 人生において寿命はそれぞれ違えども、仮に「運は一生のうちで人に平等」だと仮定したとする。でも、自分の仮定がすぐに「いや、やっぱりおかしい」ともう一人の自分が否定する。

 私は人の運は「移動した量、人と話した量、運動した量」に応じて比例して増えていくのではないかと思う。運は「自分を(今いる時間、空間、存在、ステータスから新しいところへ運ぶもの」なのではないか、と思っている。だから、家でだらーっとしている人よりかは、街に繰り出している人のほうが「運」がいい。1日寝ている人よりかはいろんな人と楽しくおしゃべりしているほうが「運」がいい。

 *自分が吸収する情報量が多いほど、「運」は良くなるんだと最近そんな妄想してます。
posted by airmassu at 10:16| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 経験則 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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